MIDORI.so Newsletter:
MIDORI.so Newsletter:
![[COLUMN] #252 Home](https://cdn.sanity.io/images/le7z07rc/staging/0683ee5ef151323e01d13e623b9792762e7d5c08-5766x3836.jpg?w=3840&q=50&fit=clip&auto=format)
In April 2025, I returned to the country where I was born for three days. I had not been back in 27 years. What brought me home was the passing of my aunt. She had also only recently returned to the Philippines after spending 37 years living in America. She was deported. After only three short months of being reunited with our family, she passed away. I am grateful that during those final days she was able to be with her sisters and brothers, and her nieces and nephews. At the same time, it is painful to think about the difficult life she lived while pursuing the “American Dream,” whatever that may be, and to know that, unfortunately, she was never able to attain it. Losing her was what finally pushed me to go home. Although the circumstances of my return were tragic, I went back out of love and curiosity, and out of a desire to know more about my family and my heritage.
![[COLUMN] #253 1ヶ月後なんて、わからない](https://cdn.sanity.io/images/le7z07rc/staging/f018550df95d24929bc8d84e83d330472d518ea8-6048x4024.jpg?w=3840&q=50&fit=clip&auto=format)
去年、スウェーデンのストックホルムで暮らしていた。 2025年2月。いつか北欧で働く夢を持って、渡航した。ウィークリーマンションに住んだ。2月25日に次のシェアハウスが決まり、カウンターへ行ったら「誰も予約できない、Forever」と言われた。住んでいたウィークリーマンションが破産した。Foreverはこんなところでは聞きたくなかった。2月27日には全員退去することになった。渡航して、ちょうど3週間たった頃だった。 2025年6月。以前通っていたデンマークの体操学校が主催する同窓会に参加した。
![[COLUMN] #251 わたし色](https://cdn.sanity.io/images/le7z07rc/staging/303bfbff572893aa08023471f77c2dd9120f0aff-6048x4024.jpg?w=3840&q=50&fit=clip&auto=format)
人の印象というのは、おもしろいものだ。 流行を超えて、似合わせのスタンダードになったイメージコンサルティング。通称イメコン。 診断好きな私は、顔タイプ診断、骨格診断、パーソナルカラー診断など一通り受けている。 うっすら流行しはじめた10年ほど前、私のパーソナルカラーはブルーベースのサマー(ブルベ夏)だった。水色、青みを帯びたピンク、紫、ネイビー。水辺の情景が思い浮かぶような、爽やかな色が似合うとされる。プロにそう言われてから、かなり長い間、ブルベ夏としてモノ選びをしてきた。
![[COLUMN] #250 Sleeping lady](https://cdn.sanity.io/images/le7z07rc/staging/f5d8729a61313d73cfc3c08d00ec4e15be8f004c-4000x2667.jpg?w=3840&q=50&fit=clip&auto=format)
寝起きが最悪すぎて、職場の同僚にモーニングコールをかけてもらっていた過去がある。 爆音の着信にも全く気付かず、やっと電話に出て「起きた」と話していた記憶はどこかへ消えて、目覚めると出勤時間の20分前、みたいなことがざらにあった。 自分への嫌悪感でいっぱいの中で仕事をする日は、何をやってもうまくいかなかった。
![[COLUMN] #249 私がはじめて「私」と出会った日](https://cdn.sanity.io/images/le7z07rc/staging/2b1edfb9c468ce0cabfbda975c2b094fd6516573-4762x3169.jpg?w=3840&q=50&fit=clip&auto=format)
私が「本当の私」と出会ったのは、生まれてから25年がたった時だ。 10代の頃の私は、妄想ばかりしている子だった。 高校3年生の授業中、いつか身を置いてみたい場所を心に描いていたことを今でも覚えている。
![[COLUMN] #248 愛の矛先](https://cdn.sanity.io/images/le7z07rc/staging/1b9c0779a0d9e5e95bce80e263df3fdee18218a6-6048x4024.jpg?w=3840&q=50&fit=clip&auto=format)
米企業Figure AIのヒューマノイドロボットが、200時間の連続稼働を実証したというニュースを見かけた。目標8時間に対しての大偉業。ロボットやAIが人間の仕事を代替するという話は当たり前になってきたなかで、取って代わるどころかそれ以上に働ける日が来るんだ、と悟った。改めて人間が「働く」ことの意味はいったいどこにあるのか。 何のために「働く」のか。このニュースレターの読者は、(きっと)周りの人よりも少し時間をかけてこの問いと向き合い「こたえ」を考えているんじゃないかと思う。私は与えられた指示やマニュアル通りに動く「働き」よりも、よき仲間と一緒に動いた先にある「働くこと」の方が面白い、という私見をここで挙げてみる。前者が単独の動詞であれば、後者は誰かと共にある助動詞的な働き方だ。とにかく働くことが手段ではなく結果にすぎない、そんな状況を日々過ごしたいと願っている。 そしてそれは自分の願いだけでは留まらず、自分の周りの誰かにも同じ状況を楽しんでほしいと思うようになった。そんなふうに考えていると話したら「そんなに考えないと面白くないのか?」と問われたことがある。
![[COLUMN] #247 世界一大好きな](https://cdn.sanity.io/images/le7z07rc/staging/f4300c1e6ca543d061e94a6f9e0a252247389ac4-6048x4024.jpg?w=3840&q=50&fit=clip&auto=format)
「おいで」と声をかけると「ニャ!」と返事をして、まっすぐこちらへ歩いてきた。 十数年前のある日、自宅マンションの前にいた野良とは思えないほどふくよかで、毛並みのきれいなアメリカンショートヘア。それが、その子との出会いだった。 それからというもの、マンションの前や近所の道でよく会うようになった。買い物帰り、植え込みの下で涼んでいたその子は、私を見つけると「ニャ!」と鳴いて駆け寄ってくる。ある日、その姿を追いかけると、向かいのマンションへ入っていった。あ、この子には帰る家があるんだ。あとで飼い主さんと話す機会があり、その子の名前がココちゃんだと知った。
![[COLUMN] #246 本物は、自分を本物だと言わない](https://cdn.sanity.io/images/le7z07rc/staging/9450f3fbe0190d5fdb8188a3eff295931f989cd2-5688x3784.jpg?w=3840&q=50&fit=clip&auto=format)
本物って何だろう?と、ここ半年ほど考えている。 自分にとってはあれが「本物」なのではと、思い返すごとに確信めいてくる姿がある。 宮崎に住む叔父は、家庭菜園と呼ぶには広く、農業と呼ぶには小さい畑を耕し、敷地に生えている木を伐って、食器や家具や、でかすぎる犬小屋を作る。たまにそれらを売りに出す。毎日ブンという愛犬と散歩に出かけ、朝日が昇る海岸を歩いたり、犬と一緒になって急な斜面をよじ登ったりしている。ときどき『月刊漫画ガロ』に載っていそうなイラストも描く。肩書きは無い。でもその姿を思い返すと、私の中に「本物」という言葉が現れるのだ。
![[COLUMN] #245 矜持の居場所](https://cdn.sanity.io/images/le7z07rc/staging/41949b01049261606b85952fbe33577f3cc828ef-5828x3878.jpg?w=3840&q=50&fit=clip&auto=format)
矜持の居場所 お金のために働くことと、働いてお金をもらうこと。 言葉の順序を少し入れ替えただけだが、そのあいだには決定的な断絶があると思う。前者は「お金が目的」であり、後者は「価値の創出が目的」で、お金はその結果として手元に残る対価に過ぎない。
![[COLUMN] #244 ゆめみること](https://cdn.sanity.io/images/le7z07rc/staging/95e7f0e6cd063ba316790dadf48a7e4d81f26f8f-1439x959.jpg?w=3840&q=50&fit=clip&auto=format)
私は小さい頃から、お伽話や不思議な話が大好きだった。遺跡探検番組を食い入るように見て、映画のファンタジーを本気で信じ、授業中は資料集の、神話や伝説について書かれた小さなコラムばかり読んでいた。 生まれつき頭の中がお花畑タイプの人間だ。 20代前半まで、これといった将来の夢はなかった。その夢とは社会的に説明できる「何者か」になることだと思っていて、その何者にもなりたいと思えなかった。
![[COLUMN] #243 トム・ソーヤーのペンキ塗り](https://cdn.sanity.io/images/le7z07rc/staging/a3f860fe50072c3749e85f6931df8cdd080c1c5b-6048x4024.jpg?w=3840&q=50&fit=clip&auto=format)
先日、メディアサーフのポッドキャストに呼んでいただき、堀江くんと話す機会があった。 その中で、13年前くらいに中目黒のMIDORI.soを始めた時のことを振り返り「壁のペンキ塗りしたの懐かしいねえ」という話をした。そこから、表参道の時も、永田町の時も、馬喰横山の時も、壁のペンキ塗りはいつも自分たちでやっていたという話に。業者に頼めば私たちは苦労せず終わる作業を、わざわざ自分たちの手で、何日もかけて塗っていた。 「あれ、黒崎さんのこだわりだったよね」と堀江くんと話した。一緒に手を動かすことで、そこにチームとしての仲間意識が生まれる。そういう狙いがあったんだよね、と。ここまでは、これまでも何度か振り返ってきた話だった。