COLUMN #242 しんでもしなん

目の前の愛おしき当たり前の日々を零さないよう、僕は毎朝死を想う。
「朝から?重」なんて思うかもしれないが、朝からだ。重いのだ。それと同じように当たり前も重い。
そして眠るときに生を想う。眠れば考えられないからだ。
そしてまた朝が来る。生が、始まる。
—
「いつか死ぬとき、なんしてるときに死にたい?」という質問に、散歩してるときがええかな、と僕は答えた。
あ、死ぬ。と思いながら死にたないので事故は嫌。
もう夜やん。と、夕暮れと夜の境目を認知することができんように、曖昧に、溶けるように死にたい。
死というものについて、幼いころからとにかく考えてたような気がする。
年齢いうんは死んでない年数で、死は見えても分からんって、それに大人になればなるほど死を受け入れるって、どないなってんのって。
それが解りきってることならいつから解りきったことになったの?と聞けば
おかんは「そんなもん」と言う。
さんざん考えても、死そのものについては結局分からんし、本を開けば誰かが先に考えたことしか並んでへん。
結局「そんなもん」
理解できても納得できんかった。
自分の死やのに、自分だけわからんとか。
そこで、僕は死という概念そのものについて考えるのを一度やめ、僕だけの死に様を考えることにした。
それこそが、散歩してるとき。
右、左と足を出し、あれこれ浮かんでまた一つと零れ、ぼーっとしているようで世界は良く見える。
白い陽の下で、蝉が鳴く。
影は濃く、キャッキャと走る子供は上目遣いで年老いた僕を見る。
なつかしくてくやしくてうらやましくて
僕は杖を離して走りだす。
壁に手をかければ熱く、アキレス腱を伸ばせばふくらはぎは白く焼ける。
足裏の皮膚は捻れ、地の硬さが骨に響く。
鼓動は高鳴り、全身に血が駆け巡る。熱い血。
白い陽の煌めきは視界と解け混じる。
吐く息は掠れ、蝉の音が内側から騒ぎ立てる。
吹きこぼれた。空は広かった。
手を膝につけて息切れ。汗の粒が影をさらに濃くする。
仰向けになって天を仰ぎ、大きく息を吸う。
草木はむせるほど薫ってる。
そして僕はしんでもしなん。自分の死体すら超えてやりたい。と言う。
子供のような面持ちで。
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