MIDORI.so Newsletter:
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![[COLUMN] #214「ワークライフバランス」っておかしくないか](https://cdn.sanity.io/images/le7z07rc/staging/02b83b0defd125b8d79ba2b1eb65d94b8b73dce7-6048x4024.jpg?w=3840&q=50&fit=clip&auto=format)
2025年10月4日、ニュースで流れた高市早苗さんのスピーチ。 「ワークライフバランスという言葉を捨てる。働いて、働いて、働いて、働いて、働いていく。」 なかなか私にも強烈だった。賛否が大きく分かれたのも納得だ。ただ私は、その言葉のワークとライフをバランスさせないという宣言としての過激さよりも「ワークライフバランス」という言葉が根付き、それが重要であるという認識が広がっていて、それが当たり前化しつつあることを実感した。
![[COLUMN] #213 繋がりは必要か](https://cdn.sanity.io/images/le7z07rc/staging/852aa23ea9bc83658af3ef521fc175321cfd0500-5369x3573.jpg?w=3840&q=50&fit=clip&auto=format)
私がいま住むこのまちは、独自の生態系を遂げたガラパゴスのようだ。建物同士が物理的に近く密集しており、ご近所付き合いも必然的に生まれる。路地裏を歩けば必ず誰かとすれ違い、挨拶が交わされる。全体に下町特有のしっとりとした湿度と程よいあたたかさをまとった空気が漂っている。 ギャラリーやカフェ、本屋や銭湯、けん玉、ピンポン…。多様な小さな拠点が点在し、そして何よりもコミュニティ色が濃い。面白いと思うことを実験的に形にし、誰よりもひそかに目立ちたい人たちがまちに吸い寄せられてくる。そのぶん出会いや別れも多く、気づけば去っていく人も少なくない。 繋がりたくなくとも、暮らしているだけで繋がってしまうのがこのまちの性である。そんな日常の往復のなかで、ふと窒息しそうになることがある。閉鎖感や時間がいつの間にか溶けていくような疲労感。もう誰も私に構うなと吐き捨てたくなる瞬間がある。繋がりは果たして必要なのか。心地よい距離とはどこにあるのだろう。
![[COLUMN] #212 アンビエンス・オーガナイザー](https://cdn.sanity.io/images/le7z07rc/staging/31bcdd21261be715e12895aa70f1763dbd249491-5452x3627.jpg?w=3840&q=50&fit=clip&auto=format)
僕は時々「良い感じの椅子になりたい」と思う。 大学を休学し、ゆっくり流れる時間に夢想ばかりしていたあの頃、僕はアンビエント・ミュージックにのめり込み「環境」にまつわる音楽をいろいろと試みていた。 公園に複数のスピーカーを配置し、バラバラに鳴らして遊んだのが始まりだ。真夜中の誰もいない公園に真っ昼間のような賑やかな遊び声を流すと、目の前の寂しい景色に日差しが入ったようで温かい気持ちになった。
![[COLUMN] #211 水辺で生きる](https://cdn.sanity.io/images/le7z07rc/staging/0a5c2bcd39b91e1225b35594ce36bcfa35e044c4-5369x3573.jpg?w=3840&q=50&fit=clip&auto=format)
私は小さい頃から隅田川沿いに住んでいる。今までも何度か引っ越してきたが、ずっと周りには隅田川があった。 小学校のマラソン大会は川沿いで開催され、中学生の頃は漫画『セトウツミ』のように川に向かって座り、日が暮れるまで親友と2人でずっと他愛もない話をしていた。10代の頃から悩み事があると必ず川沿いを散歩する。20年以上も川とともに生活していると、自然と川が生活の一部になる。 朝は川から感じる冷たさが背筋を伸ばしてくれる。日中は誰かの休憩スポットだったり、おばあちゃんたちの交流会場になったりする。夕方には夕焼けが水面に反射した輝きが波打ち、キラキラと光を放つ。夜は真っ暗で静かな中、波の音や魚が飛び跳ねる音が聞こえてくる。橋のライトアップが水面に反射するのも、日中とは違う美しさがある。私は川沿いがとても大好きだ。
![[COLUMN] #210 散歩のすすめ](https://cdn.sanity.io/images/le7z07rc/staging/e7852a2f4afbc2abb565dea99410feed1b468165-5546x3672.jpg?w=3840&q=50&fit=clip&auto=format)
散歩が好きだ。自宅のある集合住宅の中庭から、その周辺をその時々の気分で歩く。うちの集合住宅は築50年ほどで、いつもどこかをメンテナンスしている。その分、手入れが行き届いていて気持ちが良い。 思い返せば2020年の春、世界が未知のウイルスの脅威に包まれ始め、私の住む郊外の街ですら人影をあまり見られなくなった頃。私は持病のある同居の家族への感染が心配で、人と交わることを極端に減らしていた。そんな中、散歩が心身を健康に保つ秘訣だったように思う。 耳をすませば、鳥たちが色とりどりの声でにぎやかにさえずっている。日の当たる隅に目をやると、野良猫たちが退屈そうに日向ぼっこをしている。用水路を覗き込むと、餌を貰えると思った鯉と亀が、ディスタンスなんてお構いなしに我も我もと群がってくる。そこは通学路になっており、昔から小学生が給食で余ったパンをよくあげていた。桜の花びらを舞わせる、まだ少しひんやりとした風が額を撫でる。
![[COLUMN] #209 MIDORI.soのいろ](https://cdn.sanity.io/images/le7z07rc/staging/e0c31a8da46488dcd57440f3e4305289f40c6f19-6048x4024.jpg?w=3840&q=50&fit=clip&auto=format)
緑が好きだ。植物の緑も、錆びついた緑も、染め上げられた緑も、ぜんぶ好きだ。緑色のソーダ瓶に一輪の花を挿し、苔のような緑色の釉薬が塗られた焼き物で水を呑む。朝起きて一番に見るカーテンも、履くズボンも、かばんも、僕の日常にはあちこちに緑がある。何が僕を緑好きにしたのだろう。森のように広く感じていた幼稚園の庭で、心ゆくまで遊び、作り、駆け回った思い出。淡々と山を登り続けた、いままでの記憶。 それほどに緑が好きだから、やはりMIDORI.so Nakameguroの蔦の這う外観は印象深かった。雑誌で目にしたのをきっかけに訪れた、自分にとってもはじめてのMIDORI.soだ。 それから程なくして、MIRAI INSTITUTEに連絡を取った。MIDORI.soで「働く」を考えたいという願いが汲み取られ、幸運にも学生インターンとして採用してもらうことになった。もうすぐ5か月ほどになる。仕事柄、永田町にいることが多い。永田町の2階のエンゲージメントスペースの運営業務をしているからだ。
![[COLUMN] #208 夜に勤める](https://cdn.sanity.io/images/le7z07rc/staging/23ab364e91a10b69b5767d273803110c52de13a3-5591x3720.jpg?w=3840&q=50&fit=clip&auto=format)
天使は言葉を伝えるために、自らを透明にしているという。 文法も、きっと同じだと思う。 僕たちは新しい言語を学ぶとき、まずは文法を覚え、規則に従って言葉を並べる。
![[COLUMN] #207 比べること](https://cdn.sanity.io/images/le7z07rc/staging/27a18bb88d613c71dba4206c53a150cfd0a64528-5582x3781.jpg?w=3840&q=50&fit=clip&auto=format)
私はついつい自分と他人を比較してしまいます。SNS全盛の昨今、際限のない比較は不健康だと言われることが多く、完全に同意します。しかし同時に、比較は成長の原動力にもなると私は考えています。そのちょうど良いところ、つまり比較との健康的な付き合い方はどのようなものなのか。これが最近の私の考えごとです。 突然ですが、私の趣味はランニングです。面倒くさいと思うときもありますが、基本的に楽しいです。毎月100kmを走ることにしています。ところが最近、その満足感は向上心に欠けているのではないか?と感じることがありました。それは何気なく見たYouTubeのある動画がきっかけでした。その動画では、元投資銀行勤務のストイックの権化みたいな人のルーティンが紹介されていたのですが、その内容に度肝を抜かれたのです。その人のことをMr.ストイックと呼ぶことにしよう。 Mr.ストイック「毎朝25km走っています」
![[COLUMN] #206 まだない目的地へ、漂うように進む](https://cdn.sanity.io/images/le7z07rc/staging/8ec30fb2ab53832c007362c8a3def619e562d2da-5927x3943.jpg?w=3840&q=50&fit=clip&auto=format)
この春から大学院に通っている。すると「なぜ行くことにしたの?」と聞かれるけれど、まだうまく話せた試しがない。 研究というのは航海のようだ。大海原に漕ぎ出しても、たどり着くのは小さなまちの漁港。新しい知見といっても、先人が積み上げてきた学問の上にそっと添えられる小さな点にすぎない。 それなのになぜ研究したいのだろうか。何を追求したいのだろうか。研究で社会を変えられるのだろうか、その手段はビジネスでなくていいのか。私が研究をしたところで何ができるのだろうか。
![[COLUMN] #205 狂気と正気の交差点](https://cdn.sanity.io/images/le7z07rc/staging/cdcc13aab303ffd6c2fedb5914ab1efcf6732df4-5535x3683.jpg?w=3840&q=50&fit=clip&auto=format)
ある日のこと、茨城に住む友人から「でっかい舞台つくらない?」と連絡をもらった。 茨城の西塩子という地域では、3年に1度、竹や木を切り出して大きな舞台を作り、1日限りの歌舞伎を上演、終わったら潔く更地に戻すという伝統があるらしい。現存する日本最古の「組立式農村歌舞伎舞台」という文化財だ。 1日のためにでっかい舞台を作って壊すなんて正気じゃない!面白そう!と飛びつき、数日間作業を手伝わせてもらうこととなった。
![[COLUMN] #204 齢三十一。生まれてこの方、ずっと反抗期](https://cdn.sanity.io/images/le7z07rc/staging/43ad2c5b7e3f9f9e9c5b22ef5296ec834933b414-2240x1490.jpg?w=3840&q=50&fit=clip&auto=format)
両親はとても善良な市民で、まちがっても毒親と呼ばれる類の人たちではない。何かがおかしいのは私のほうかもな、とようやく思いはじめたのはここ数年の話。 ずっと親の言うことを聞かなかった。彼らも、我が子が自分たちの言葉を受け入れることはないのだと、早々に諦めていたように思う。 ただ、私自身も年齢を重ねて、思うところがないわけではない、という心境にはなってきた。 会うたびになんだか小さくなったように見える両親に対し、昔のように横暴な態度をとるのも少し心が痛む。 そんな少しだけオトナになった私ができうる限りの親孝行として選んだことがある。 それは「母が作ったものを身に着ける」ということ。
![[COLUMN] #203 The Scent of Dashi in Milan: A Japonesque Shift](https://cdn.sanity.io/images/le7z07rc/staging/3a242cde8561810558d7ea0b8b311e9c34a604ff-4040x2688.jpg?w=3840&q=50&fit=clip&auto=format)
I left Milan in October 2015 and moved to Tokyo. That year, Milan hosted the World Expo, filled with promises of becoming a truly international city. But back then, the atmosphere still felt modest—there wasn’t even a Starbucks or an Apple Store. Milan was proud and stylish, but not yet global. Since then, Tokyo has become my base, but Milan remains my second home. As a citizen of the Earth, and as part of my work, I often find myself returning there. I still have a “home” in Milan—a place where I feel grounded, and where I can reconnect with something essential. Now, in 2025, I find myself visiting Milan regularly. Each time I return, I notice how much the city has changed—not only visually, but culturally. Compared to Tokyo, Milan is a compact city. You can walk from one edge to the other, which makes change feel incredibly visible. Street by street, café by café, the shift is tangible.