MIDORI.so Newsletter:
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![[COLUMN] #217 未来地図](https://cdn.sanity.io/images/le7z07rc/staging/75b995ae71a74fce61b67ebd9717b08626fc11c5-5000x3327.jpg?w=3840&q=50&fit=clip&auto=format)
「傷跡はあなたの羽になる」 2025年、繰り返し聞いていた歌詞の一節だ。 ポジティブすぎず、慰めるだけでもなく、過去を肯定し未来に繋げてくれるようで何度も奮い立たせてくれた。悩みや過去の痛みを傷のまま抱え続けてしまう人もいるし、傷ついていることを認識すらしない人もいる。
![[COLUMN] #216 季節を越えて、問いは戻ってくる](https://cdn.sanity.io/images/le7z07rc/staging/1310d8ee7eb438a59135a5b498d730563e5c5107-6048x4024.jpg?w=3840&q=50&fit=clip&auto=format)
「空き家、どうしようか。」 ここ数年、ずっと頭の片隅にあった問いだ。 青森県むつ市。母方の実家がある下北半島のまちで、祖父母はかつて民宿「はまなす荘」を営んでいた。子どもの頃、私は毎年夏休みになるとここを訪れていた。第二の故郷のような場所だった。 いろんなお客さんが出入りするなか、祖父母が振る舞う手料理を囲み、畑で野菜を収穫し、薪ストーブの薪割りを手伝う。そんな時間がいまも良い田舎の記憶として残っている。 民宿は15年ほど前に閉じ空き家になった。20代の頃「また宿をやるのも面白いかもね」と祖母と軽く話したことはある。でも「祖母が生きている間はそのままで」という空気のまま時間だけが過ぎていった。そして今年、祖母が亡くなった。
![[COLUMN] #214「ワークライフバランス」っておかしくないか](https://cdn.sanity.io/images/le7z07rc/staging/02b83b0defd125b8d79ba2b1eb65d94b8b73dce7-6048x4024.jpg?w=3840&q=50&fit=clip&auto=format)
2025年10月4日、ニュースで流れた高市早苗さんのスピーチ。 「ワークライフバランスという言葉を捨てる。働いて、働いて、働いて、働いて、働いていく。」 なかなか私にも強烈だった。賛否が大きく分かれたのも納得だ。ただ私は、その言葉のワークとライフをバランスさせないという宣言としての過激さよりも「ワークライフバランス」という言葉が根付き、それが重要であるという認識が広がっていて、それが当たり前化しつつあることを実感した。
![[COLUMN] #213 繋がりは必要か](https://cdn.sanity.io/images/le7z07rc/staging/852aa23ea9bc83658af3ef521fc175321cfd0500-5369x3573.jpg?w=3840&q=50&fit=clip&auto=format)
私がいま住むこのまちは、独自の生態系を遂げたガラパゴスのようだ。建物同士が物理的に近く密集しており、ご近所付き合いも必然的に生まれる。路地裏を歩けば必ず誰かとすれ違い、挨拶が交わされる。全体に下町特有のしっとりとした湿度と程よいあたたかさをまとった空気が漂っている。 ギャラリーやカフェ、本屋や銭湯、けん玉、ピンポン…。多様な小さな拠点が点在し、そして何よりもコミュニティ色が濃い。面白いと思うことを実験的に形にし、誰よりもひそかに目立ちたい人たちがまちに吸い寄せられてくる。そのぶん出会いや別れも多く、気づけば去っていく人も少なくない。 繋がりたくなくとも、暮らしているだけで繋がってしまうのがこのまちの性である。そんな日常の往復のなかで、ふと窒息しそうになることがある。閉鎖感や時間がいつの間にか溶けていくような疲労感。もう誰も私に構うなと吐き捨てたくなる瞬間がある。繋がりは果たして必要なのか。心地よい距離とはどこにあるのだろう。
![[COLUMN] #215 よしかわ袋](https://cdn.sanity.io/images/le7z07rc/staging/c518b7ba0f266a025c28aa2955b20828bd34029c-5339x3552.jpg?w=3840&q=50&fit=clip&auto=format)
「〇〇ちゃんち行くでしょ?これ持ってって」 小学生の頃、友達の家に遊びにいこうとすると、私は決まって母に呼び止められた。手渡されるのは、地域密着型スーパー「よしかわ」の袋。中には、家で育てた里芋、大根などが入っている。 静岡県富士市の東端にある我が家は、代々続く農家だった。
![[COLUMN] #212 アンビエンス・オーガナイザー](https://cdn.sanity.io/images/le7z07rc/staging/31bcdd21261be715e12895aa70f1763dbd249491-5452x3627.jpg?w=3840&q=50&fit=clip&auto=format)
僕は時々「良い感じの椅子になりたい」と思う。 大学を休学し、ゆっくり流れる時間に夢想ばかりしていたあの頃、僕はアンビエント・ミュージックにのめり込み「環境」にまつわる音楽をいろいろと試みていた。 公園に複数のスピーカーを配置し、バラバラに鳴らして遊んだのが始まりだ。真夜中の誰もいない公園に真っ昼間のような賑やかな遊び声を流すと、目の前の寂しい景色に日差しが入ったようで温かい気持ちになった。
![[COLUMN] #211 水辺で生きる](https://cdn.sanity.io/images/le7z07rc/staging/0a5c2bcd39b91e1225b35594ce36bcfa35e044c4-5369x3573.jpg?w=3840&q=50&fit=clip&auto=format)
私は小さい頃から隅田川沿いに住んでいる。今までも何度か引っ越してきたが、ずっと周りには隅田川があった。 小学校のマラソン大会は川沿いで開催され、中学生の頃は漫画『セトウツミ』のように川に向かって座り、日が暮れるまで親友と2人でずっと他愛もない話をしていた。10代の頃から悩み事があると必ず川沿いを散歩する。20年以上も川とともに生活していると、自然と川が生活の一部になる。 朝は川から感じる冷たさが背筋を伸ばしてくれる。日中は誰かの休憩スポットだったり、おばあちゃんたちの交流会場になったりする。夕方には夕焼けが水面に反射した輝きが波打ち、キラキラと光を放つ。夜は真っ暗で静かな中、波の音や魚が飛び跳ねる音が聞こえてくる。橋のライトアップが水面に反射するのも、日中とは違う美しさがある。私は川沿いがとても大好きだ。
![[COLUMN] #210 散歩のすすめ](https://cdn.sanity.io/images/le7z07rc/staging/e7852a2f4afbc2abb565dea99410feed1b468165-5546x3672.jpg?w=3840&q=50&fit=clip&auto=format)
散歩が好きだ。自宅のある集合住宅の中庭から、その周辺をその時々の気分で歩く。うちの集合住宅は築50年ほどで、いつもどこかをメンテナンスしている。その分、手入れが行き届いていて気持ちが良い。 思い返せば2020年の春、世界が未知のウイルスの脅威に包まれ始め、私の住む郊外の街ですら人影をあまり見られなくなった頃。私は持病のある同居の家族への感染が心配で、人と交わることを極端に減らしていた。そんな中、散歩が心身を健康に保つ秘訣だったように思う。 耳をすませば、鳥たちが色とりどりの声でにぎやかにさえずっている。日の当たる隅に目をやると、野良猫たちが退屈そうに日向ぼっこをしている。用水路を覗き込むと、餌を貰えると思った鯉と亀が、ディスタンスなんてお構いなしに我も我もと群がってくる。そこは通学路になっており、昔から小学生が給食で余ったパンをよくあげていた。桜の花びらを舞わせる、まだ少しひんやりとした風が額を撫でる。
![[COLUMN] #209 MIDORI.soのいろ](https://cdn.sanity.io/images/le7z07rc/staging/e0c31a8da46488dcd57440f3e4305289f40c6f19-6048x4024.jpg?w=3840&q=50&fit=clip&auto=format)
緑が好きだ。植物の緑も、錆びついた緑も、染め上げられた緑も、ぜんぶ好きだ。緑色のソーダ瓶に一輪の花を挿し、苔のような緑色の釉薬が塗られた焼き物で水を呑む。朝起きて一番に見るカーテンも、履くズボンも、かばんも、僕の日常にはあちこちに緑がある。何が僕を緑好きにしたのだろう。森のように広く感じていた幼稚園の庭で、心ゆくまで遊び、作り、駆け回った思い出。淡々と山を登り続けた、いままでの記憶。 それほどに緑が好きだから、やはりMIDORI.so Nakameguroの蔦の這う外観は印象深かった。雑誌で目にしたのをきっかけに訪れた、自分にとってもはじめてのMIDORI.soだ。 それから程なくして、MIRAI INSTITUTEに連絡を取った。MIDORI.soで「働く」を考えたいという願いが汲み取られ、幸運にも学生インターンとして採用してもらうことになった。もうすぐ5か月ほどになる。仕事柄、永田町にいることが多い。永田町の2階のエンゲージメントスペースの運営業務をしているからだ。
![[COLUMN] #208 夜に勤める](https://cdn.sanity.io/images/le7z07rc/staging/23ab364e91a10b69b5767d273803110c52de13a3-5591x3720.jpg?w=3840&q=50&fit=clip&auto=format)
天使は言葉を伝えるために、自らを透明にしているという。 文法も、きっと同じだと思う。 僕たちは新しい言語を学ぶとき、まずは文法を覚え、規則に従って言葉を並べる。
![[COLUMN] #207 比べること](https://cdn.sanity.io/images/le7z07rc/staging/27a18bb88d613c71dba4206c53a150cfd0a64528-5582x3781.jpg?w=3840&q=50&fit=clip&auto=format)
私はついつい自分と他人を比較してしまいます。SNS全盛の昨今、際限のない比較は不健康だと言われることが多く、完全に同意します。しかし同時に、比較は成長の原動力にもなると私は考えています。そのちょうど良いところ、つまり比較との健康的な付き合い方はどのようなものなのか。これが最近の私の考えごとです。 突然ですが、私の趣味はランニングです。面倒くさいと思うときもありますが、基本的に楽しいです。毎月100kmを走ることにしています。ところが最近、その満足感は向上心に欠けているのではないか?と感じることがありました。それは何気なく見たYouTubeのある動画がきっかけでした。その動画では、元投資銀行勤務のストイックの権化みたいな人のルーティンが紹介されていたのですが、その内容に度肝を抜かれたのです。その人のことをMr.ストイックと呼ぶことにしよう。 Mr.ストイック「毎朝25km走っています」