COLUMN #233 さよなら、ソーシャル

僕は人と話すのが好きだ。ほぼ毎日人と関わる生活をしている。
けれどときどき、あえて物理的にソーシャルから離れるときがある。
ここでいう“ソーシャル”は、SNSのことじゃなくて、人と会うこと、人と話すこと、誰かと時間を共有すること。
今回はゴールデンウィークに訪れた、フィリピンのボラカイ島での5泊6日の旅がそうだった。この旅で一番強く感じたことは、「ソーシャルから離れる時間の価値」。得られたことはすごくシンプルで、大事なのは人に会う、会わないのバランスだということ。その普通の答えに納得できたのは、一度ソーシャルと離れてみたからだ。
最初の3日間は、ほとんど誰とも話していない。ホテルの受付で軽く会話するくらい。あとはずっと一人。自由ではあった。でも同時に、「考えることが少ない」という感覚もあった。
誰にも気を使わなくていい分、「自分は今どこに行きたいのか」「何を食べたいのか」、そういう小さな自分の意思に、ちゃんと向き合えるようになった。今まで無意識に相手に合わせていたんだなと気づいた。
とはいえ、今回の旅で「絶対に人と話さない」と決めていたわけじゃない。むしろ逆で、「いいタイミングでいい人に出会えたら、その流れに任せよう」くらいのスタンスだ。
4日目。ヨガクラスのあとサウナに入っていると、同じクラスだったアメリカから来た2人に話しかけられた。
「どこから来たの?」たったそれだけの会話なのに、久しぶりにちゃんと人と話した感覚があった。うまく話せない瞬間もあったし、ちょっと気まずい沈黙もあった。でも会話が終わったあとに思ったのは、「あ、話せてよかったな」というシンプルな感情。
人と話すことで、自分の中にある考えが外に出てくる。それが“行動”になる。
その流れがあったからか、そのあとビーチで寝そべっていたとき、隣に座ってきたトルコ人の女性とも自然に会話が始まった。彼女も一人旅をしていて、タイ、ボラカイを経て、これから香港へ行くと言っていた。
「一人って寂しくない?」と聞いたら、こんなことを言っていた。
「人と話すのは好き。でも、一人の時間があるからこそ、自分が本当にやりたいことが見える。今この国にいる意味も、客観的に考えられる。普段の自分を客観視できる。」
その言葉が、その時の自分にすごく腑に落ちた。
自分のことを客観視する時間って、意識しないとほとんどない。
平日は仕事、週末は誰かと会う。
24時間−11時間(移動と仕事)−8時間(睡眠)−4時間(ご飯とか日常)=1時間
この1時間はいつの間にか生活に馴染んで消えていく。そして気づいたら「自分を振り返る時間」が消えていく。
今回の旅ではソーシャルから物理的に離れたことで、自分と向き合う時間が圧倒的に増えたことを実感した。さらに気づいたのは、人とのつながりもやっぱり自分にとっては必要だということ。
一人の時間があるから、人と話す時間が深くなる。人と話すから、自分の輪郭がはっきりする。
「人はときどき、一人になる時間を必要とする。それは逃避ではなく、回復だ。」
— Carl Gustav Jung(スイスの精神学者、心理学者)
このコラムは、今の自分だけじゃなくて、未来の自分にも向けて書いている。
また忙しさに飲まれそうになったときに、ちゃんと思い出せるように。
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