COLUMN #228 移動しに行く

Topic: ColumnWritten by midori kawaguchi
2026/4/3
228

移動。特に自転車や車での移動が好きだ。


ただ、本来私は外に出ることが好きではない。日常生活を送っているとそれだけで情報量が多く、休みの日はできるだけ家にこもっていたい。外にいるあいだは、どうでもいいことまで含めてずっと考え事をしてしまう性分なので、帰宅するころには脳が大量出血しているような感覚になることも少なくない。


少し話は逸れるが、私は同じドラマや映画を延々と見返してしまう。展開も結末も知っている物語を何度も流し、内容を追うわけでも感動し直すわけでもなく、ただ音と映像に身を預けている。知っている時間が続くだけだ。


次に何が起こるか分かっているから、身構えなくていいし、自分の感情を動かさなくてもいい。そのときの私は、たぶん「無」に近い状態なのだと思う。


その時間は心地よいが、同時に画面を止める理由も家を出る理由も少しずつ薄れていく。安心感はあるはずなのにどこにも向かっておらず、時間だけが進み、身体は留まったまま。その感覚に、ふと足場が揺らぐような気持ちになることがある。


そんなとき、私は移動しに行く。


車を運転しているときや自転車で風を切っているときは、他のことを考える余裕がない。信号や車間距離、歩行者の動き。意識はせいぜい数秒先までに限られる。移動は内面の反芻を強制的に止める。考えないのではなく、考えられないのだ。


目の前の現実だけを処理していればいい状況に入ると、日常の中で膨らみ続けていた複雑なものが静かに外へ退いていく。日常が単純化される感覚になれるのだ。


私が移動を好きなのは、日常が一時的に物理法則だけで構成されるからなのだと思う。何も考えない時間、無の時間。


私にとって移動は、遠くへ行くための手段というより、内側に溜まりすぎたものから一度離れるための装置なのだと思う。

MIDORI.so Newsletter: