COLUMN #248 愛の矛先

Topic: ColumnWritten by akane dono
2026/9/3
248

米企業Figure AIのヒューマノイドロボットが、200時間の連続稼働を実証したというニュースを見かけた。目標8時間に対しての大偉業。ロボットやAIが人間の仕事を代替するという話は当たり前になってきたなかで、取って代わるどころかそれ以上に働ける日が来るんだ、と悟った。改めて人間が「働く」ことの意味はいったいどこにあるのか。

何のために「働く」のか。このニュースレターの読者は、(きっと)周りの人よりも少し時間をかけてこの問いと向き合い「こたえ」を考えているんじゃないかと思う。私は与えられた指示やマニュアル通りに動く「働き」よりも、よき仲間と一緒に動いた先にある「働くこと」の方が面白い、という私見をここで挙げてみる。前者が単独の動詞であれば、後者は誰かと共にある助動詞的な働き方だ。とにかく働くことが手段ではなく結果にすぎない、そんな状況を日々過ごしたいと願っている。

そしてそれは自分の願いだけでは留まらず、自分の周りの誰かにも同じ状況を楽しんでほしいと思うようになった。そんなふうに考えていると話したら「そんなに考えないと面白くないのか?」と問われたことがある。

ドキリ・ヒヤリとした。

深く考えるだけでなくその場の直感ももちろん大切にしたい。だけど自分のまわりの、あるいはもっと広い社会の幸せを願うことすらも、時には押しつけになってしまうかもしれないんだ、と怯んでしまった。働くことも、幸せを願うことも、相手がいて初めて成り立つのに、それが相手に受け取られなければ、喜ばしいものとして成立しない。願うこと、考えることは相手あってのものであり、それは愛情の一種なんだと気づいた。ただそれでも押しつけになってしまう瞬間はある。

そんな時にある一文に出会った。

「愛情は本来そんなに良いものではなく、疎ましがられるほうが自然なのかもしれない」

相手の幸せを願うことも愛情の一つ。それが押しつけだとしても、嫌がられることにちょっとだけ怯えながら、距離を測りながら、それでもどうにか愛情を持ち続けようとすること。これはきっと人間にしかできないだろう。

業務において、AIとの作業はたしかに効率がいい。けれど本当に「働く」ということについては効率よりも人間との愛を大事にしたい。それが今、人と関わる仕事をしている理由でもあり、まだまだ「働く」という問いに対する「こたえ」のないものへの探求なのかもしれない。その関係性のあり方は、さまざまな場面で適用されるはずだ。雇用契約だとしても、結婚だとしても、紙切れ一枚の契約の上に成り立っている関係は、誰かを思い、関わり続けようとすることの表れだ。

ロボットは200時間、無感情で休まずに働き続けるかもしれない。しかし、嫌がられることを恐れながらも、それでも関わろうとするその矛盾を、機械は引き受けられない。紙切れ一枚の契約の上で、愛の矛先はどこへ向くのか。それは楽しみでもあり、悲しみでもあり、面白さなんじゃないかと思う。

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