COLUMN #247 世界一大好きな
「おいで」と声をかけると「ニャ!」と返事をして、まっすぐこちらへ歩いてきた。
十数年前のある日、自宅マンションの前にいた野良とは思えないほどふくよかで、毛並みのきれいなアメリカンショートヘア。それが、その子との出会いだった。
それからというもの、マンションの前や近所の道でよく会うようになった。買い物帰り、植え込みの下で涼んでいたその子は、私を見つけると「ニャ!」と鳴いて駆け寄ってくる。ある日、その姿を追いかけると、向かいのマンションへ入っていった。あ、この子には帰る家があるんだ。あとで飼い主さんと話す機会があり、その子の名前がココちゃんだと知った。
家の敷地の中にいても、私を見つけるとわざわざフェンスを乗り越えて会いに来てくれた。外へ自由に出す飼い方には、いろいろな考えがあると思う。でも私にとっては、そのおかげで出会えた大切な存在だった。どんなに疲れて帰る日でも、ココちゃんに会えた日は、それだけでいい日になった。
引っ越しを考えたことは何度もある。それでもこの街を離れようとは思えなかった。
理由なんて考えたこともなかったけれど、いま思えばココちゃんに会えなくなるのが嫌だったのだ。
出会ってから10年ほど経った頃には、フェンスを乗り越える姿も少し大変そうになっていた。それでも「よいしょ」という声が聞こえてきそうなくらい、一生懸命こちらへ来てくれる。その姿がたまらなく愛おしかった。
コロナ禍の頃から、ココちゃんは外へ出なくなった。正直、その方が安心でもあった。たまに窓越しに姿が見えればそれだけで十分うれしかった。でもいつからかその姿も見えなくなった。元気なのか、病気なのか、それすらわからない。
そんなある日。窓の向こうにいたのは、見知らぬ猫だった。ああ、もしかしたら。そう思ったけれど、本当のことを知る術はなかった。だから私は、元気だった頃のココちゃんを思い出しては「きっと幸せに暮らしている」と自分に言い聞かせていた。
そして先日、マンションの前を通りかかると、その部屋はきれいに空になっていた。その光景を見た瞬間、ああ、もう本当に会えないんだな、と思った。悲しいというより、一つの時間が静かに閉じたような気持ちだった。そのとき浮かんだいろいろな思いの中で、一番驚いたのは、こんな感情だった。
「この街に住み続ける理由が、一つなくなったな。」
私は、自分の家やこの街が好きなのだと思っていた。でも、好きでいられた理由の一つが、ココちゃんだったのだとそのとき初めて気づいた。毎日会えるわけじゃないし、少し姿を見られるだけの日もあった。それでもココちゃんの存在は、思っていた以上にこの街で暮らす日々の一部になっていた。
人は、大きな出来事だけで場所を好きになるわけじゃない。何気なく交わす挨拶だったり、毎日見かける景色だったり、名前を知っている猫だったり。そんな小さな存在が、いつの間にかその土地を「帰ってきたい場所」にしてくれることがある。
これは、世界一大好きだった一匹の猫が、私に一つの街を好きにさせてくれた話。
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