INTERVIEW We Work Here case#38 「探究心と好奇心をエネルギーに突き進んだ先にある未来」

Topic: InterviewWritten by MIRAI INSTITUTEAt MIDORI.so Nagatacho
2021/12/9
Makoto Aoki

人口問題や環境問題によって引き起こされるであろう今後の食料問題。私たちの日常から今当たり前のように口にしている食べ物が無くなることはなかなか想像しがたいことかもしれないが、その問題の根源である歪みを現場の人々は、誰よりも肌で感じている。MIDORI.soメンバーの鈴木允さんは、​​持続可能な漁業のためにMSC認証のコンサルティング業務をする傍ら、宮城県気仙沼市にも拠点をおき漁師の担い手を育成する仕事をしている。また、その漁師たちが獲った魚を食べる私たち消費者に向けて「おさかな小学校」というオンライン授業を主宰している。海と私たちの暮らしがどう結びついているのか。これからも美味しい魚を食べ続けるためにはどうしたらいいのか。海の美しさと荒々しさ、神秘が宿る海の生き物たちに魅せられた鈴木さんが語る「働く」について。


持続可能な漁業の認証制度であるMSC認証を取得したい漁師のためのコンサルティング業務をしています。認証審査を受けるために必要な情報は全て英語であり、言葉と文化の翻訳を同時にしています。審査の際には、漁獲データや科学論文、国際機関の報告書、国の法律などをまとめて審査機関に提供したり、現地審査やオンライン会議を調整したりといった多岐に渡るサポートをしています。10年前はそれほどでもなかったMSC認証は今やSDGs絡みで企業からの需要は増えています。一方、漁師が頑張ってMSC認証を取ったとしても、認証のある魚を消費者が選んでくれなければ意味がないと思い、消費者向けの発信の大切さも感じています。また、魚が増えても獲る人がいなければ持続可能な漁業とは言えないので、気仙沼で若い漁師を育てる仕事もしています。

親の影響で小さな頃から山登りに楽しさを見出し、高校で山岳部だった鈴木さんにとって海はけっして身近な存在ではなかった。環境問題や食料問題に興味を持っていたが「食」と言えば農業と思い、有機農業を営む農家の手伝いをしたりしていた。そのような中、2つの出会いが訪れる。それは、深夜に観た海の映画と神田の古本屋で見つけた一冊の本だった。

大学1年生のある日、深夜番組で海を題材にした『白い嵐』と『白鯨』という映画をたまたま2本続けて観ました。海の美しさや荒々しさに、自分でもびっくりするくらい感動したんです。そもそも一晩で2本も立て続けに海の映画を観るなんてなかなかないことじゃないですか。運命的なものを感じ、それから自分は海を一生の仕事にしていくんだと思うようになりました。そのすぐ後に、今度は神田の古本屋で海の食料問題について取り上げたナショナルジオグラフィックを見つけたんです。その本を手に取ったことによって、今までは食料問題は農業だけに関係していることだと思っていましたが、漁業も深く関係性があるということを知りました。

National Geographic

小学4年生の頃の愛読書は『世界を驚かせた10の冒険』。世界で初めて南極点に到達したり、大西洋を飛行機で渡った探検家たちの話に目を輝かせていた鈴木さん。「海を一生の仕事にするならば、大学在学中は海とは関係ないことをとことんやる」と決め、大学在学中は富士山の登山ガイドとして働きながら、中国のタクラマカン砂漠を旅行したり、ヨーロッパを深夜バスで周遊したりと、自分が興味をもった場所にひたすらに足を踏み入れていった。

昔から誰も登ったことがない山に登ってみたい、人が行かないところに行ってみたいという気持ちが強かったので、大学時代はとにかく自分が行ってみたいと思う場所に手当たり次第行きました。漁業のことをやるならば、日本人では研究者が少ない西アフリカの漁業について研究したいと思い、日本でヨルバ語という現地の言葉を学んでからナイジェリアに3ヶ月間ほど滞在しました。けれど、漁業を研究していたアフリカの大学の先生から日本の漁業について質問をされた時、何も答えられない自分がいたんです。その時はじめて自分は足元が見えていなかったんだと痛感しました。漁業を研究するならばまずは日本の漁業を理解しなければならないと思い、帰国して大学6年目で三重県の漁村で漁師の見習いを始めることにしました。

そこで先輩の漁師さんたちがよく口にしていたのは、魚が減っている、そして魚の値段が安いという話でした。私が生まれ育った東京では、魚はスーパーで買うもの。肉よりも魚の方が高いイメージがありました。産地で獲れた魚はとても新鮮で美味しいのに、東京で売られているのは鮮度の良い魚ばかりではありません。産地と東京で魚の鮮度や価格が真逆であることが、私にとって不思議でした。また自分が産地のことをなにも知らないということも驚きでした。産地の情報が消費者に伝わっていないのは流通に問題があると考えましたが、漁師さんたちに聞いても本を読んでも流通のことはなかなか分かりませんでした。そこで、市場で魚がどのように取引されているのか知りたいと思い、新卒で築地の魚の卸売会社に入ることにしました。

2005年から2013年までの8年間、鮮魚の「セリ人」として夜中の1時から全国で水揚げされた魚を数百人もの仲卸を相手に販売してきた鈴木さん。真摯に人と向き合い、人が面倒と感じるような泥臭い仕事を地道にやることで、担当する魚種では築地でトップの売上を上げるようになる。そして、鈴木さんに魚を売って欲しいと全国から引っ切り無しに電話が掛かってくる日々が続いた。

築地に入って1年目は、氷水を作ったり箱の数を数えたり、ひたすら下働きでした。2年目から魚を売らせてもらえるようになって、少しずつ種類も量も増やしていき、5年目くらいで担当魚種で築地でトップになったという手応えを感じました。トップシェアを持つようになると、魚もお客さんも情報も集まってくるようになり、築地だけでなく全国の相場を動かしているような感覚を持てて、とても面白かったです。けれど、個人の数字は伸びていても築地全体の取り扱い量は右肩下がりになっていました。「魚売れないね、景気悪いね」と同じメンバー同士で話している毎日でしたが、世の中には魚を食べたいと思っている人がいるにも関わらず、市場が縮小しているのは不思議だと思っていました。そこで1度外から水産業界を見ようと思い、大学院に通うことにしました。

会社を辞めることになった時にはトラックの荷下ろしバイトをしようと思っていたのですが、たまたま求人を出していたMSC認証の団体に運よく転職することができ、最初の2年間は大学院に通いながらMSC日本事務所で働いていました。大学院では魚市場の機能を研究し、世の中のマーケットのニーズの変化に築地が対応できていないから問題が生じ続けているのかもしれないという1つの答えを導き出せて、私の中でやっと腑に落ちました。

MSC日本事務所では、MSC認証の制度の説明をするために、全国の漁協や漁師さんを訪問しました。MSCはあくまで認証の審査基準を作っている団体であり、審査機関は別に存在します。認証に向けてプロジェクトが走り始めると、漁業会社などの申請者は審査機関の求めに応じて情報提供をし、審査を受けます。私たちMSCのスタッフは公平性を保つために審査に口を出してはいけません。「もっと別の言い回しで説明すれば得点が上がるのに」とそばで見ていて歯がゆい思いをすることもありました。6年間MSCの組織にいて気づいたことは、漁師だけの力ではMSC認証は取ることが難しいということでした。スケート選手にコーチが必要であるように、漁師に寄り添ってコンサルをする人が必要だと思い、2019年に独立することにしました。

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独立した際に漁師向けのコンサルと消費者向けの発信はセットだと考えていたと語る鈴木さん。漁業向けのコンサルをする一方で、20214月に日本サステナブルシーフード協会を立ち上げ、海と自分たちの暮らしが深く関係していることを伝えるオンライン授業「おさかな小学校」の準備をチームで進めた。

三重県で漁業の見習いを始めた時から、40歳までに「漁業や海のことなら鈴木に聞けば大体のことはわかる」というレベルになることを目標にしていました。実際に39歳の時にそのレベルに達したと思っていました。でも、おさかな小学校を始めてから、まだまだ海のことも生き物のことを知らないことばかりだと思わされるようになりました。今までは知りたい、分かりたい、こんなところに行きたいと自分の好奇心を中心に行動していましたが、最近は段々と自分が知りたいという気持ちだけではなく、人に伝えたいという気持ちも増してきましたね。

日本の排他的経済水域って実は日本の国土の12倍もあるのに、皆さんまだまだ海のことを知らないのではないかと思います。どんな資源があって、どう守ったらいいのか、そこから何を生み出していけばいいのか。おさかな小学校では、いかに海と私たちの暮らしが深く関係しているのか、そのつながりについて繰り返し伝えています。おさかな小学校は子どもたちへの教育という観点もありますが、子どもたちの向こう側にいる親御さんたちも面白がって聞いていてくれています。最近は嬉しいことに色々な方がおさかな小学校に興味を持ってくれているので、色々な組織や団体とのコラボレーションが増えて来そうな予感です。最終的には、義務教育の中に溶け込んでいって、おさかな小学校がなくても世の中に海洋教育が浸透していくことが目標です。

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おさかな小学校の特別出張授業 ​​(c)青木信之

鈴木さんにとって「働く」とは。

働くってなんでしょうか。お金を目的に働いているわけではありませんが、お金がなければ何もできないのも確かです。私にとって苦しかった大学受験は良い教訓で、明るい未来のために今を犠牲にするような時間の過ごし方は自分にはあまり向いていないと思いました。逆に、刹那的に楽しいことをやってみようと思った時期もありましたが、結局は不安ばかりが残ることが分かりました。こうした経験から、幸せに生きるとは何かと考えるようになりました。私が導き出した幸福の定義は、ありきたりな言葉かもしれないですが「楽しくて未来があること」です。楽しいをX軸、未来があるをY軸にしたら、その四角形がなるべく大きくなるように心掛けています。仕事もそれと同じなんじゃないかなと思います。楽しいことを仕事にしていれば、未来を感じることができます。

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最後にMIDORI.soとは。

おさかな小学校を一緒に運営している川合さんとはMIDORI.soで出会いました。川合さんがフリーランスになったばかりの頃に、MIDORI.soのランチ会で魚を捌く手伝いをお願いしたのがきっかけでした。それがなければ、おさかな小学校は生まれなかったでしょう。そういう意味で、MIDORI.soって気の流れがいいなと思います。気が淀んでいなく、いい運気のある場所。良い雰囲気が溜まっているパワースポットだと思います。


Profile

鈴木允 Makoto Suzuki fisheries consultant

おさかな小学校校長。漁師見習い、築地のセリ人、国際NGOを経て、2019年に独立。日本漁業認証サポート代表。日本サステナブルシーフード協会代表。

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