COLUMN #190 国家をクリエイティブ・ディレクションする王様たち

今年の1月に、自身として初の中東、UAE(アラブ首長国連邦)に行ってきた。32年間生きてきた中で、中東に行くのは初めての経験だった。羽田から深夜便のエミレーツ航空に乗って9時間半ほど。現地では空港からレンタカーを借りて基本は車での移動だった。行く前のイメージはあまり良くなかったけど、最近日本人の友達が2人ほど現地に引っ越したこともあるし、アメリカやヨーロッパも僕の中では最近魅力が落ちていることもあり、UAEを選んだ。
UAEが成立したのは1971年で、まだ建国されてから54年にも満たない国だ。もともとは真珠採りや漁業が中心の漁村から、近代的な都市へと発展してきた。そして「首長国(Emirate)」という7つの地域から成る連邦国家で、それぞれの首長国には独自の支配者(首長=Emir)がいて、この首長がその地域の政治・経済・社会を統治している。つまり「各都市を王様が支配している」感じ。だから基本的には選挙はなく、王様のお金の使い方のセンスによって、その地域が発展する。
ドバイの王様、アブダビの王様、シャールジャの王様……言わば、王様のクリエイティブ・ディレクションによって、地域の発展の仕方が異なってくる。
アブダビの王様は「世界でNo.1のものを作る」という思想のもと、フランスのルーヴル美術館から「ルーヴル」の名称を30年間使用する権利を得るために、フランス側に約5億2,500万ドルを支払い、規模がバカでかく、建築のディテールが詰まりにつまっている美術館を作ったり、フェラーリのテーマパーク「フェラーリ・ワールド」を作ったり、最近では我が国が誇る「チームラボ Abu Dhabi」がオープンしたりと、お金のかけ方が異次元の取り組みを実施している。というのも、UAEで採れるオイルの95%がアブダビから採れているからだ。
一方、ドバイはもともと産油量が少ないため、早期から「脱石油依存」に舵を切り、都市のブランド戦略や建築、観光、都市計画、芸術など、あらゆる分野で創造的な方向性を打ち出してきた。フリーゾーン(法人税免除)という地域を作り、外資系の企業を呼び込んでイノベーションやグローバルネットワークを活性化させたり、ドバイ運河に投資して大規模なインフラプロジェクトを進めたり、「ドバイ・デザインウィーク」という中東最大級のデザインイベントを開催したりしている。
調べていくと、UAEの人口は約1,000万人で、そのうちの9割が外国人らしい。もともと漁村だった土地で石油が発見され、移民を受け入れなければ石油の発掘ができなかったこともあり、外国人が定住しやすい制度を整えてきた。そしてフリーゾーンやドバイ運河など、様々な施策が重なって発展していったことで、外国人がドバイでビジネスを営むことが容易になった。
今回、僕も現地の友達からの紹介で、ドバイやアブダビに住む現地の人と話す機会がたくさんあった。やっぱり違う人種同士でビジネスをすることが当たり前だし、物事が決定するスピード感が早いなと感じた。紹介してもらった現地のクリエイティブ・エージェンシーやインテリアデザイン会社に行って、いろいろ話をしてみた。
感じたこととしては、クリエイティブに関していうと、まだまだ建国されてから歴史が浅い国で、いきなり経済発展したということもあり、日本みたいに時間をかけてカルチャーが育ってきた国ではないということ。だからこそ、中東の富裕層たちは、カルチャーをとても欲しているんだと思う。深い思想を持ったデザイナー、建築家、クリエイティブ・ディレクターなどを外から積極的に招き入れて、自国のプロジェクトに取り込もうとしている。実際に会ったドバイのインテリアデザイン会社のディレクターも、「クライアントはお金はある。でも何を作ればいいのか、どう見せればいいのか、どう世界と繋がれるのか、その“ビジョン“がまだ我々に足りない」と話していたのが印象的だった。
これは、ある意味ではとても純粋な状態だと思う。足りないものを認識し、外から学ぼうとする姿勢。日本のように長い歴史がある国では、逆に既存の構造や慣習が足かせになって、変わることに対して腰が重くなってしまうことも多い。その点、UAEはまさに“これからカルチャーを育てていく段階“にある。しかも、それをスピード感を持って、グローバルな視点で進めている。
そう考えると、僕たちのように時間をかけて積み重ねてきた“思想“や”美意識“こそ、UAEがいま一番必要としているリソースなのではないかと思う。モノを売るとか、デザインを提供するとかだけじゃなくて、「どう考えるのか」「何を良しとするのか」といった根本的な価値観自体が、今のUAEにとってはすごく重要な“輸入品“になっている気がする。つまり、これからのUAEは「ハードからソフト」へ。建物やインフラの整備だけでなく、そこに“意味“や”体験“をどう与えるかが問われるフェーズに入ってきているのではないか。そこにこそ、日本人クリエイターや思想家が介入できる余地があるし、それはただのビジネスではなく、“文化を作る“という大きな視点で関われるチャンスなのだと感じた。
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