COLUMN #49 urban / rural

都市と山
僕は海外で暮らしたことはないのですが、隣町の青梅市で活動しているNY帰りの農業家から聴いた言葉で非常に印象に残ってるのは、世界的な都市には近郊の山や自然が欠かせないということです。例えば、平日バリバリ働いてるニューヨーカーも、週末にはロングアイランドで釣りをしたり畑をやったりのんびり過ごす場所を持っているとのこと。僕が前職でお世話になった会社ではよくオレゴンのポートランドに連れて行ってもらいましたが、中心部から車で1時間ほど離れればマウンドフッドという山があり、週末はそこでアウトドアを楽しむ生活がありました。パリやロンドンも郊外には田園地帯が広がっています。東京はどうでしょうか?
実は東京にも自然はあります。最近ちょっとニュースになりましたが、旅のガイドブック「地球の歩き方」の東京多摩地域版がバカ売れしてるそうです。灯台下暗しではないですが、実は東京都にも車を1時間ほど走らせれば日常的に楽しめる自然が残されています。僕はいま、東京の西多摩地域にある檜原村という東京都本土唯一の村に住んでいます。移住前に候補地として考えていた条件は、都心から50km圏内、1時間ほどで行き来できる自然豊かな場所でした。村での生活は、朝起きて窓の外の山と空を見て今日の天気を確認し、ご飯に自分で漬けた梅干しやぬか漬けをのせて茶漬けにして食べたり、この前は隣のおじいちゃんが皮を剥いだ獲れたてのマムシを朝一番で持ってきてくれたので、急遽唐揚げにして食べてギンギンになったり、梅雨時期には梅の実や山椒の実を採りに行って梅干しや梅酒を仕込んだりチリメン山椒を作ったり、日が暮れてからは家族で川に蛍を見に行ったり、夏になったら昼休みに弁当を持っていって川でひと泳ぎしてランチをしたり、友人が作ったアウトドアサウナに入って川の水風呂でととのったり、という感じで、デスクワークやズーム会議の合間や週末に自然の恵みを思う存分楽しませてもらっています。その一方で、畑が雑草に飲み込まれたり、せっかく大きくなったトウモロコシを猿に食べられたりもするのですが…。
山は自然が強すぎるので、都市のように自然を無理やり抑え込む暮らし方は難しく、四季のサイクルや自然の振る舞いに人間の方から合わせていかなければ生活できません。逆に、うまく自然とのつながりを意識して、その力や道理を活かすことができれば快適に生活できたりします。それを昔から「知恵」とか「叡智」と呼ぶのだろうと思います。二十四節気や食べ物の旬、地形や自然エネルギーの活かし方など、日本の文化や習慣の中には自然とのうまい付き合い方が知らないうちに練りこまれています。「山で得た経験は都市で応用できるが、都市で得た経験は山でほとんど通用しない」。これは『ザ・ファブル』(南勝久、講談社)の主人公である”殺さない殺し屋”が言ったセリフなのですが、僕もまさにそうだと思います。僕も山暮らしはまだ6年ですが、やっとそういうことが理解できるようになってきたところです。
僕が村で日々体験しているような都市と山のハイブリッドなライフスタイルを、MIDORI.soのみなさんとシェアできる場所ができれば面白いだろうなとずっと考えていたのですが、やっと形になりそうです。檜原村が国の「地方創生テレワーク交付金」という制度を利用して、川を見下ろす絶好のロケーションに滞在型のコワーキング&サテライトオフィスをつくることになりました。設計コンペを勝ち抜いたMIDORI.so元メンバーの山家さん(mountain house architects)のデザインした建物が今まさに建築中です。建物は地形に沿って建てられていて、階段状の多目的ホールを上がると川や緑を見ながら仕事ができるワークスペースがあり、夏は川から入ってくる風が心地よく、冬にはラウンジの大きな暖炉に薪をくべて暖を取ることができます。ギャラリースペースやキッチンもあるので、アーティストインレジデンスやシェフインレジデンスにも対応可能。屋外の敷地にはフィンランド式の常設アウトドアサウナや川を見下ろすキャラバンホテルを併設したり、隣の畑を借りて農業体験やシェア農園のようなこともやりたいなと思っています。街から持ってきた普段の仕事ももちろん快適にできますが、山の生活に必要な身体を使った仕事も体験できます。
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