COLUMN #91 principle

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昔から東南アジアが好きだ。雑多な空気感、独特な匂い、美味しい料理、合間に見え隠れする人々の暮らしなど、好きなところをあげたらキリがないが何度でも訪れたい魅力がたくさんある。今回は、先日ベトナムに滞在した際に特に感銘を受けたホテルについて紹介したい。
Dechiu Hotelはホイアンにある12室のブティックホテルで、各客室は異なるテーマでデザインされている。廊下はベトナム文化に影響を受けた写真家やアーティストの新たな才能を紹介する場になっており、滞在中にはそれらを通じて文化的な知識を得ることができる。ホテルは建築家でもありオーナーのTheO氏は幼少期に父親がデザインして建てた伝統的なベトナムの家からインスピレーションを受け10年の歳月を経て創り上げたそうだ。
洗練された空間、こだわりの家具やインテリア、素敵な食器、心地の良いリネン、身体に優しい料理。そして、親切でフレンドリーなスタッフ。全てが完璧だった。あまりにも肌触りのよいリネンはタグもなく、ブランド名もない。オーナーが独自にオーダーメイドしたものだそうだ。また、ひとつひとつ個性もあるがどこか統一感のある数々の食器類も、友人の陶芸デザイナーと一緒にオリジナルで創り上げたものだと教えてもらった。端々からオーナー独自のセンスとこだわりを感じる。アート作品や部屋にある小物は、希望があれば全て購入することもできる。
オーナーはT JAPANのインタビューで次のように述べている。
「私のデザインはスタイルではなく感情に基づいています。私は内なるパーソナリティを通じて創造します。Dechiuはベトナム様式ではありませんが、すべての要素はベトナムで作られたものです。」「Dechiuはただのホテルではありません。ここを訪れた人々にバランスを感じてもらいたいと思っています。人生には幸せと不幸せが存在することは当然のことですが、その両方を受け入れることを認識する必要があります。Dechiuは私たちにとって、そのバランスを感じられる場所になるでしょう。なぜなら、私は人間にとって、バランスの取れた時が最良だと信じているからです。」
この記事を読んだ私は彼女がデザインした他の建築作品を知りたくてスタッフの方に尋ねたが、オーナー自身のウェブサイトはなく、基本的に個人宅の設計が多いため情報が表に出ていないそうだ。
情報が溢れ過ぎている昨今、情報が先ではなく滞在していくなかで気になって情報を探す。例え大きなブランド力や情報がなくても、本当に良いものは五感で感じられるものだと思う。どんどん知りたくなって夢中になる感覚は久しくなかったような気がする。
今ベトナムの主要な観光都市では、多くのホテルが売りに出されている。コロナパンデミックの影響で需要の低迷や高い経営コスト、金利の上昇などによりホテルの経営が苦しくなっているためだ。実際にダナン市街からホイアンへ向かう海沿いの道には営業再開の目処が立っていないホテルや建設途中で放置されたままのホテルがたくさんあった。乱立するホテルのなかで独特な感性と独創的な美学があるDechiuは他のホテルとは一線を画している。その核となる主義主張がしっかりあればどんな状況下であっても左右されないだろう。それはどんなことにも通じることだと信じている。
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