COLUMN #216 季節を越えて、問いは戻ってくる

Topic: ColumnWritten by erina shiokawa
2025/12/26
216

「空き家、どうしようか。」
ここ数年、ずっと頭の片隅にあった問いだ。


青森県むつ市。母方の実家がある下北半島のまちで、祖父母はかつて民宿「はまなす荘」を営んでいた。子どもの頃、私は毎年夏休みになるとここを訪れていた。第二の故郷のような場所だった。
いろんなお客さんが出入りするなか、祖父母が振る舞う手料理を囲み、畑で野菜を収穫し、薪ストーブの薪割りを手伝う。そんな時間がいまも良い田舎の記憶として残っている。


民宿は15年ほど前に閉じ空き家になった。20代の頃「また宿をやるのも面白いかもね」と祖母と軽く話したことはある。でも「祖母が生きている間はそのままで」という空気のまま時間だけが過ぎていった。そして今年、祖母が亡くなった。


元民宿をどうするか。それだけではない。子どもの頃に植えたヒバ林のある土地や山。あと2030年もすれば、自分が向き合うことになるかもしれないものたち。簡単に答えが出る話ではないけれど、だからといって過度に構える必要もない気がしていた。


せっかくなら1人で考え込むよりも、いろんな人の視点を借りながら「次につながる一歩」を探したい。そんな気持ちで、夏に青森へ向かった。


仕事を通して建物単体ではなく、まちや人の関係性を考える機会が増えたことも大きい。場所は何かをつくるためだけにあるのではなく、関わり方次第でいくつもの表情を持つのかもしれない。


そんな視点を携えて訪れた下北半島は、本州最北端の厳しい自然と、豊かな海と山の恵み、そして独特の文化が息づく地域だった。日本海に面した仏ヶ浦、大畑で聞いたお寺の副住職の話、大間で出会った人たち、郷土料理のけいらんを囲む時間。


印象に残ったのは出来事そのものというよりも、この土地に根ざして活動している人が確かにいるという実感だった。長く続いてきた暮らしのなかで育まれた価値観や習慣があり、それが独自の文化として息づいている。時間をかけて積み重ねられてきたものだということが、会話の端々から伝わってきた。


また、答えを急いでいない人が多かったことも印象的だった。問いを抱えたまま、それでも日々を営み、手を動かし、人と関わり続けている。その姿勢がこの土地の空気とよく馴染んでいるように感じた。


視点がひとつ増えると見えるものも増える。

「建物をどうするか」という問いから始まったはずの旅は、人や文化との出会いによって、いつの間にか別の問いへと広がっていた。問いを持ち続けること。夏の下北半島で、そんな感覚が静かに残った。


そして季節は巡り、冬。あの夏の体験をきっかけに、真冬の下北半島を舞台にした次の旅が生まれた。雪に包まれたヒバの森、冬の色を帯びた津軽海峡、静かな湖畔。まだ訪れていないはずなのにその景色を何度も想像している。


問いは、時間が経てば消えるものではなく、形を少し変えながら深くなり、季節を越えて戻ってくる。


空き家をどうするか。
まだ答えは出ていない。でも、問いを持ったまま考え続けること自体が、すでに何かをつくり始めている気がしている。

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