COLUMN #215 よしかわ袋

「〇〇ちゃんち行くでしょ?これ持ってって」
小学生の頃、友達の家に遊びにいこうとすると、私は決まって母に呼び止められた。手渡されるのは、地域密着型スーパー「よしかわ」の袋。中には、家で育てた里芋、大根などが入っている。
静岡県富士市の東端にある我が家は、代々続く農家だった。
家族では消費しきれないほどの野菜を育てているので、私や姉が友達の家に遊びに行くときは、市場に出せないB級品や余剰分の野菜を持って行かせられていた。
私はこの「よしかわ袋」を渡される瞬間がマジで嫌だった。せっかくおしゃれしているのに、泥のついたスーパーの袋なんて持ったらコーディネートが台無しになる。何よりこんなものを引っ提げるなんて「うちは農家なんです」と声高に宣言するようなものではないか。
田舎ゆえに農家は珍しくなかったが、離農や核家族化の波はここにも押し寄せており、家に畑があるという子どもはクラスの中でも珍しくなっていた。
いつも泥まみれで、大変そうで、その割に全然かっこよくない。周りで農家になりたいなんて子は1人もいない。だからたとえうちが農家であることが周知の事実であったとしても、できる限り目立たせたくなかった。
いつからか、野菜を持って行くとかけられる「ユマの家は農家さんだもんね」という声は、からかいのように聞こえるようになった。
「スーパー吉川」が潰れ、野菜を入れる袋が「マックスバリュ」のものに替わったくらいの頃。
私は母の「持ってって」を頑なに断るようになり、しまいには用意してくれた野菜をわざと家に置いて出かけるようになった。
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大学3年生の冬。休学を機に、一人暮らしをしていた大学近くのアパートを引き払い、私は実家に戻ることになった。久しぶりに家の近所を散歩しようと外に出ると、向かいに暮らすおばあちゃんとバッタリ会った。
「いつも野菜ごちそうさまね!!」
道の反対側から、しゃがれた声でおばあちゃんが私に叫ぶ。
そういえば、小さい頃から外に出るたび、私はいつもこの言葉をかけられていた。向かいのおばあちゃんだけでなく、お隣さん、同級生のお母さん、地域の班長さんにも。野菜の運び屋である私と姉は、地域の人たちにかなり可愛がってもらっていたのだ。ことあるごとにお菓子をもらい、下校中に「おかえり」と声をかけてもらうのは当たり前だった。
嫌々持って行っていた「よしかわ袋」は、地域の人の食卓を豊かに彩り、知らぬ間に私たち姉妹の安全網を編んでくれていたのかもしれない。
「あんたのお母さんとお父さんは偉いよ!」向かいのおばあちゃんはそう言ってどこかへいった。
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MIDORI.so 大忘年会の日。
うちで育てた落花生を、ゲストに振る舞うことになった。
「うち、農家なんです」
落花生を手に取る人に、自然とそう声をかける私がいた。
両親に敬意を示しながら、これからは「よしかわ袋」に頼らずとも、自ら豊かな繋がりを編んでいけることを願って。
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