COLUMN #153 仕事の合間のささいなこと

Topic: ColumnWritten by Yuko Nakayama
2024/9/13
153

半日パソコンに向かっていたせいで、私の目は乾いていた。時計を見ると、もう夕方の4時。意識的に瞬きをするたび、目の端々に潤いが少しばかり戻ってくる。外に出なければ、と強く思った。遠くの景色が見たい、澄んだ空気を吸いたい。椅子から立ち上がり、永田町の街(正確には紀尾井町)をとぼとぼと歩き始めた。西陽が木々の隙間から差し込み、目を細める。眩しいが、それがなぜか嬉しかった。春に青々と芽吹き、生の勢いが増した夏の葉とは違うものが、そこにある気がする。紅葉を見ずとも秋を感じるのは、台風一過の静けさか、それとも夜風に混じる涼しさか。


「腹が減っては戦はできぬ」と心の中で呟き、戦を控えた侍のように、私は何かを食べようとした。しかし飲食店は夜の営業に向けて軒並み準備中だった。やりどころのない気持ちを抱えながら「あのパン屋に行くか」と、いつもとは違う道を歩き始めた。通い慣れているというわけではないが、そのパン屋は、目の前にある緑地を借景とするテラスがあり、気持ちが良い。店のドアを開け、サンドイッチを買って帰ろうと店員に尋ねるが、売り切れだった。店内であればサンドイッチやサラダを出せるということで、席にていただくことに。


サンドイッチ(ハム)

サンドイッチ(チーズ)

サンドイッチ(ミックス)


という並びを見て、ミックス以外を頼む方はいるのかしら、とミックス派の私は思った。もちろんミックスを選ぶ(ソフトクリームもフライもナッツもミックス派だ)。ハムとチーズの組み合わせは間違いない。


さて、目の前に置かれたサンドイッチを見て、思わず「わあ、すごい」と声が漏れた。直径おおよそ15cmの皿に対して35cmくらいのバケットが、拳ふたつ分くらいはみ出している。この大胆なプレゼンテーションは、店舗全体の、それともシェフ独自によるものなのか。誰の秘密のエッセンスか分からずとも、目の前のサンドイッチにかぶりつく。手でちぎりやすいよう、表面に少しだけ切れ目が入っている。潔くバケットの底辺まで切りおとさずに、食べる者にちぎらせる行為を与える、もしくはそのままかぶりつかせようとさせるのはなかなかワイルドな心意気だ。味は言わずもがな美味しかった(添えてあった小さなピクルスの酸味がハムとチーズのまろやかさを引き締めた)。


余韻に浸っていると、この道一筋と思われる熟練の店員が声をかけてきた。「サンドイッチ、どうでした?」とテーブルを拭きながら言う(素敵な接客だ)。バケットが皿からはみ出てることに驚いたと伝えると「このサンドイッチを目当てに来る常連さんもいるくらいなんですよ、ふふふ」とご機嫌な声色が聞こえた。違和感なくスッと私の間に入っては去っていった店員の巧みな接客も相まって、またいつか皿からはみ出したサンドイッチを食べたくなるかもなと思った。通いたくなる店を形作るものとは、一体なんだろう。


店を出て、緑地の中を歩きながらMIDORI.soへ戻る。生い茂った木々の向こうからは、蝉の音と鈴虫の鳴き声が半々に聞こえてくる。そよ風によってゆらゆらと揺れるススキのような植物を見ながら、私も一緒に揺れているようだった。夕日はさらに西へと傾き、空は青から薄黄色に移ろいつつある。遠くに漂う巻雲を見ながら、次の季節が近づいている、そう感じた

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