COLUMN #29 challenge

Topic: ColumnWritten by Mizuki Kanamura
2022/2/18
#29 challenge

私は就職活動をしたことがない。

と言ったら少しだけ嘘になる。就活シーズンが始まる直前、半年間滞在したロンドンから帰国してすぐにリクルートスーツを購入した。髪は黒く染め、全国で同時にスタートする合同説明会の1日目に参加した。そして1日だけでギブアップした。目の前に並べられた企業から、私がやりたい何かがあるのか全く見えなかったからだ。あの絶妙に膝丈がダサいスカートとパンプスを履くのは1日だけで十分だった。人生で一番勿体無い買い物だったと思う。

だからSPI試験は受けたことがないし、同じ会社で何度も面接を受けるのがどんな感じなのかもわからない。私がいた学部はエリート志向が多く、ほとんどが大企業への就職を決めて行った。喜ぶみんなの話を聞いてさらに驚いたのは、春に仕事が始まるまでどの部署に所属させられ、どこに住むことになるのかもわからないと言うことだった。不思議な世の中だと思った。

私は卒業した後ロンドンの芸術大学に進んだ。帰国後はどうしてもインターンしたい先が地元の京都で見つかり、インターンは無給だったので、始まるまでの2ヶ月間は卒業アルバムの製本所で短期アルバイトをしてお金を貯めることにした。身体を使う重労働だったが、製本には興味があったし、古い工場の油の匂いや規則正しく鳴り響く機械の音、そこで働く人たちが好きだったので苦にならなかった。

アルバイトを終えて始まった念願のインターンは印刷物やウェブサイトの編集業務。編集長は厳しい人だったが、未経験の私にイチから仕事を教えてくれる優しい人だった。夜が更けるまで校正作業が続く毎日だったが、爽快な疲労感を味わうのはとても心地が良かった。気が付くと有給になっていて、ライティングやソーシャルメディアの運用、本格的な編集作業まで任せてくれるようになっていた。そこで得た経験の全ては、今の仕事のベースになっている。

私が就活をしなくて済んだのはある程度家庭に恵まれていたと言うこともあるかもしれないが、生まれ変わってもこの性格だったら、就活はしないと言う道を選んでいただろう。私にとっての就活は、「やりたいことは沢山ある」はずなのに「何がやりたいのかわからない錯覚に陥る」ものだった。やりたいことがわからないと悩む人は多いけど、学校や社会のシステムに揉まれて錯覚に陥っているだけかも知れない。

就活して企業に就職するからこそ叶えられる仕事や成果も沢山ある。大企業に就職したあの時の友人たちは、今では海外にいたり、家庭が出来ていたり、車や家を買っていたり、転職活動をしていたり、それぞれの人生を歩んでいる。そして私も今、好きな場所で好きな人たちに囲まれながら楽しく仕事をしながら暮らすことが出来ている。

人によって求めるものは違うし、正解も不正解もない。ただ「自分の感覚に正直に選択すること」さえ大切にしていれば、人生は自分にとって心地の良い状況へ連れて行ってくれるのではないだろうか。と、振り返りながらそう考えている。

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