COLUMN #68 challengers

前号のつづき
志村不動産です。ある日、久しぶりに職場から帰った。玄関で父と会って最近のあれこれを伝えた。社長はかっこいい、営業マンとして仕事をとってこれる、誰とでも会話ができて、お酒も呑めて。だけど、もし自分が社長だったら、仲間に徹夜で仕事をするような指示は出さないと思う。でも、僕は会話が下手だし、敬語も使えない、お酒も吞めない、だから営業なんてできない、そんなようなことを話した。「この世にたった1つだけ誰でもできる仕事がある、それは営業だ」父はそう言った。営業は寡黙な方がいい、相手の話を聞くことが大切、あとは算数ができれば誰でもできるということだ。
僕は転職することにした、営業マンになりたい!と思った。あと、できれば毎日、家に帰りたかった。
面接に行った先はオフィス家具を販売しているゴリゴリの販社だった。面接に現れた幹部たちは元〇〇連合か!ってくらいのとっぽい3人衆だ。40を過ぎていたが、するどい眉毛と目つきの社長はまさに武闘派、不良マンガに欠かせない太っていて大きなキャラ似の専務もいる。そして、眼鏡をかけた不気味なインテリ系が部長。
「お前は営業むきじゃない。」
面接は一瞬で終わった。しかし、翌日インテリ系から電話があり、2次面談のお知らせがあった。行ってみると、営業は無理だ、でも営業企画室という部署があって、WEBやカタログなどを扱う、要するに広報のような部署なら雇えると、とっぽい幹部たちが優しく勧誘してきた。「なんでもします、前職はデザイナーで採用されたけど、ショーパブのボーイもできた。サンダーがあれば鉄パイプだって切れるようになったし、ネズミ退治だって上手になった。」
採用された。25歳、月給は22万円、有給や社会保険はあるが賞与や残業手当などはない。毎日安いスーツを着て電車に乗り神田まで通勤した。30人ほどの会社は、ほぼ全員が赤文字系で元ヤンぎみ。なかでも、営業二課の課長は目立っていた。細身で長身、イケメンでさらさらな髪の毛をなびかせて、声が大きくておしゃべり。そう、チャラかった。彼のすごいところは何かを説明すると想像の十倍以上のことのように思えてしまう、悪く言えば大風呂敷を広げるのが得意だった。そして、仕事熱心で夜遅くまで残り、休日出勤もしていた。課長とその一派は営業成績がずば抜けて良かった。僕も遅くまで残って仕事をしたり、休日出勤することに全く抵抗が無かったため、徐々にその課長一派と仲が良くなった。一派たちはオフィス家具のたたき売りでは将来は無い、これからはオシャレなオフィスが人気だから、内装デザインや設計まで一貫してできるようにしていかないとダメだ。みたいなことを全くオシャレじゃない事務所の片隅で激論していた。
ある日、課長が一派を引き抜いて独立するというクーデターが起きた。僕も誘われたので一緒に行くことにした。それからはスーツを着なくてよくなった。通勤先も北参道あたりでなんとなく垢ぬけた雰囲気だった。やることはというと、施工した物件の写真を撮り、事例として何十倍もかっこよく見えるようにWEBでの見せ方を考えて掲載する。お客さまのインタビューからポジティブなところを抜粋して記事にした。それを課長改め社長が何十倍にも見えるかのようなセリフで客先で営業を決めてくる。徐々にWEBからの問い合わせが増えてきた。お客さまがお客さまを紹介してくれるので仕事が増えてきた。
またある日、社長は僕を六本木のギラついたバーに連れて行ってくれた。きれいな夜景が見えた。社長は僕に語った。「日本中のクリエイターが集まるリアルなSNSのようなものを作りたい・例えば、このバーみたいな場所。」僕は社長に意見した。「だがこんなギラついた場所に集まるわけ無いし、僕と社長がつくっても誰も知らないし誰も来ないと思う。例えばそれなりの巨匠にお店のデザインを依頼して、そしたらみんなが注目してくれるし、場所も六本木じゃなくて原宿あたりにカフェみたいのをつくるのが良いと思う。」と。「じゃあ、誰かにデザインを頼むか」と社長がつぶやいた。
「あ、ジェフ・マクフェトリッジ!」
つづく
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