COLUMN #256 他人と暮らす豊かさ

私はドミトリー型のシェアハウスに2年ちょっと住んでいる。リビングやキッチンはもちろん、寝室までシェアだ。1人部屋は無く、ワンルームに2つある2段ベッドで寝ている。女性専用シェアハウスでもない。しかも、住人の年齢幅は18歳から41歳まで。
こう紹介すると、大抵の人は「えぇぇ!!」「絶対無理」「すご、、!」という反応になる。
うん、わかるぜ、その反応。
私も正直1人部屋が今すぐ欲しい。
「この気温で冷房つけんでいいやろ!」となるし、「こっちは寝てるんだからドアをちゃんと閉めやがれ!」と思ったりする。だけど、このシェアハウスで暮らすことをやめられない。それは、他人と暮らしを共にすることがあまりにも豊かだから。
「暮らし」という、どんなに着飾ろうとしても素の自分で在ることを避けられない環境。そして価値観も、ライフステージも、直面している苦楽も1人ひとり違う中で、この物理的距離の中「無防備な自分」と他者が暮らす。それは、とてもいい意味での負荷を与えてくれて、普通だったら「暮らし」と「外」の切り替えで無視できる、人間関係における自分の弱さや信念などが全て正直に露わになる。それは時に苦しく、怖いけど、この環境がなければ絶対に行きつかなかったであろう豊かさを噛み締められていると思う。
自分が当たり前だと思っていることが当たり前ではなかったり、愛情を表現していたつもりが相手には何も伝わっていなかったり、思い込みがコミュニケーション不足を引き起こして誤解をいくつも生んでいたり、気配りができなかったり、気配りをしすぎたり、、だからこそ日々感じることは、ただ楽しい!面白い!だけではないのだ。
「大好き、嫌い、素敵だなぁ、寂しい、早く帰りたい、ムカつく、帰りたくない、会いたい、会いたくない、安心する、悲しい、優しくしたい、イタズラしたい、話したい、話しかけんな、一緒に笑いたい、めんどくさい、うるさい、静かにしろ、かまってほしい、そっとしておいてほしい、一生出たくない、今すぐ退去したい、
ああ…やっぱり大好き。」
この全てを、いや、それ以上を住人のみんなに対して感じている。これらの矛盾や複雑さが生む色んな感情や想いが価値で、重みで、豊かさなんだと思う。
友達でも、家族でも、同僚でも、恋人でも、パートナーでもない。「暮らし」を共にする愛する人たち。そんな、他人と共に「暮らす」ということ。その豊かさを、私はこれからも味わっていたい。
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