COLUMN #196 ART WARMS YOUR LIFE

先日ふと「今はなんでもいいから“芸術作品として作られたもの”に触れたい。今この瞬間行くしかない!」と強く思った。
最近はギャラリーも美術館も、街中に置かれたパブリックアートすら目に入らなくなっていて、アートに触れることの優先順位が自分の中で下がっていた。その結果、触れる時間が少なくなればなるほどに、その存在はフェードアウトしていっていたのだ。
だけどある日、突然心の奥で何かが渦を巻き、気づけば足が外へ向いていた。でもその日は火曜日。行こうと思っていた美術館はことごとく休館日だった。「どうして私は、こんなにも急にアートを求めたんだろう」と、自分でも不思議だった。もちろん開いている美術館もあったけれど「なんでもいい」とは言いつつ、どれもピンとこない。結局その日は近所の古本屋を何軒か巡り、画集を手にとって作品を眺める時間を過ごした。
少し話は遡るけれど、大学時代、私はゼミの先生が運営するアートオフィスでアルバイトをしていた。そこはアートディレクションやキュレーションを行うオフィスで、先生は当時、ホワイトキューブ(美術館)の中よりもパブリックアートや街全体を巻き込むアートプロジェクトに力を入れていた。
美術館まで足を運んで作品を観に行くというイメージが一般的かもしれないけれど、そのオフィスのキュレーションは日常生活の中に入り込むアートばかりだった。
そんな先生のもとで働いていたある日、私はふと問いかけたくなった。今、自分が関わっているこの仕事って将来につながる意味はあるんだろうか?美術館のような“箱”であれば、需要と供給の構造はなんとなく想像ができた。でもアートは“贅沢品”だという人も多く、手を伸ばす人も限られている。そんな中でアートの価値とは一体なんなのか?頭の中で考えすぎて、答えが出ないまま気づけば口が勝手に動いていた。
「アートって何を生んで、何のためにあると思いますか。私は今、何に向けて熱を注いでいるのかわからなくなってしまいました。」
先生は少し遠くを見ながら、静かにこう言った。
「アートは人を幸せにする。人生を温かくするんだよ。」
そのひと言は当時の私には綺麗事のようにも聞こえた。でも、数えきれないほどの作品と人に向き合ってきた先生の口から出た言葉は、どこか重みがあって強く心に残った。
そして年が明けた頃、私たちは毎年恒例の“グリーティングカード”を作る時期を迎えた。先生がキュレーションした作品の写真に、短い一言を添えて送る、年賀状とクリスマスカードを兼ねたポストカードの言葉はこうだった。
"ART WARMS YOUR LIFE."
以来、そのカードは我が家の冷蔵庫に貼られ、今でも目に入るたびに先生のあの言葉を思い出す。きっとあの日、私が無性に求めていた“アートの真髄”はそこにあったのかもしれない。いや、あの時初めて先生の言葉がストンと自分の中に落ちて、全身に水を打ったように改めて意味を知ることができたのだと思う。
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