COLUMN #184 モノより思い出

「モノより思い出」ーーその昔、車のCMで使われていたキャッチコピー。若い頃の自分にはまったくピンとこなかった。思い出より「もの」に価値があると思っていたし、好きなブランドの服を買ったり、誕生日には体験よりも必ず手元に残るものを贈ってもらったり「モノがある」ことに満足していた。だって思い出なんていつか忘れてしまうものでしょと。
そんなある日、買ったことに満足してろくに使わなかったり着ない物が増えてきたことに気づいた。クローゼットの中に「モノ」は溢れているけどそこに思い出はまったくない。虚無のようなものが残っているだけだった。
うまく言葉にできないその虚無さを引きずったまま迎えた2023年の夏の終わり。何かを変えなきゃと思った。今までしたことがないことをしようと決め、車で1週間かけて長崎、熊本、宮崎、鹿児島を縦横断する旅を計画し実行した。
長崎では異国情緒漂う街並みを楽しみ、車のラジオから聞こえた長崎出身の福山雅治の「It's Only Love」を口ずさんだ。阿蘇では一面の緑を目にいっぱい焼き付け、海と空の青さに息を呑んだ宮崎、雄大な桜島に圧倒された鹿児島。夏を引きずる9月の焼けるような日差し、入道雲、行ったことのなかった土地で見た初めての景色、車で移動した650kmの大冒険。そのすべてが生涯忘れられない経験となり人生を変えるほど記憶に刷り込まれた。
そして、ようやく思い出したあのコピー。「モノより思い出」。
――ああ、これか!と。「モノ」ばかりを追いかけていた頃には気づけなかったこと、わからなかったことがやっと理解できた。
若い頃の自分を否定するつもりもないし「モノ」を買うのは今でも好きだ。でも、あの夏の大冒険を経て気づいてしまった。何年経っても、ふとした瞬間に阿蘇の緑や長崎で聞いた福山雅治の曲が頭に蘇ることを。そのときにはわからなくてもいつかわかる日が来るということ。そして、思い出はいつだって美しいままだということも。
さぁ、今年もどこかに出かけよう。美しい思い出を作りに。
MIDORI.so Newsletter: