COLUMN #180 ベランダ越しの10

Topic: ColumnWritten by Hitomi Shibuya
2025/4/4
180

ある休日、お隣さんから漏れ聞こえてくるラジオを聴きながら、ベランダで洗濯物を干していた。以前より音量が大きくなっている気がする。かつてご夫婦で暮らしていたが、今はおじいさんが一人で暮らしている。


10年ほど前、街全体にかかった大きな虹を見た日のこと。ベランダに出ると、隣もご夫婦が虹を眺めていた。なんとなく気配を悟られないようにしていると、「この上を歩けそうなくらい大きい虹だねぇ」という会話が聞こえてきた。その平和な光景に、胸が温かくなったことを今でも覚えている。


その数年後、ばったり会ったおじいさんと立ち話をした時、おばあさんが亡くなったことを知らされた。あの虹を一緒に見た日のすぐ後だったそうだ。


おじいさんと別れた後、引っ越してきた日に交わした挨拶や、虹を一緒に見たあの時の幸せがよみがえり、一人で涙を流した。私は、数年に一度の何気ない会話や挨拶、時折聞こえてくるお孫さんが遊びに来た日の賑わい、そんな距離感のある付き合いに幸せを感じていたのだ。


ラジオの音量が少しずつ大きくなっていくように、私たちの人生も静かに、しかし確実に変わっていく。お隣さんの変化に気づき、寄り添うことは、自分自身の変化とも向き合うことなのかもしれない。この気づきを大切に、多くの人々と互いの人生をそっと見守り合える関係を築いていきたい。


最近ラジオの音量が気になり始めてから、外出時にお隣さんの様子を伺うようになった。灯りの具合、郵便受けの状態、そんな些細な変化も気にしてみる。深入りはしない。でも、さりげなく見守ることはできる。またベランダから虹が見えたらその時は声をかけてみようと思う。

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