COLUMN #146 パーフェクトデイズ

Topic: ColumnWritten by shunwakui
2024/7/19
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ヴィム・ヴェンダースが監督し役所広司が主演を務める映画「PERFECT DAYS」は、渋谷区に点在するデザイン性の高いTHE TOKYO TOILETと呼ばれる公衆トイレの清掃を生業にする男性の日々を描いた物語だ。


ーネタバレありー

家の向かいの道を清掃する箒の掃く音で夢から覚める。布団を畳み、歯を磨き、髭を剃り、植物に霧吹きをかける。駐車場の自販機で缶コーヒーを買い、清掃バンに乗る。そこでひと息つく間がある。彼は天気を確認する。車を走らせ彼の思うタイミングでカセットテープを入れ音楽をかけ首都高を抜け目的の職場へと向かう。


トイレの清掃員である彼は後輩に「どうせ汚れるからテキトウにやればいいんですよ」と言われるが自前の清掃用具で丁寧に美しく一点の汚れも残さぬようトイレを洗う。彼はプロフェッショナルだ。

トイレには、清掃中にも構わず多くの利用者が現れる。舌打ちで気配を知らせる女子高生、トイレで泣く迷子の男の子、酔っ払い、利用者優先で彼の仕事を気遣う人はいない。それでも彼は嫌な顔をせず黙々と清掃を続ける。だが時おり海外旅行客やダウン症の少年とのコミュニケーションがある。この街ではマイノリティになる彼らが彼に声をかける。日本人同士の日本語よりも何故か英語や発音のうまくいかない言葉が彼に届く。


昼は代々木八幡宮のベンチでサンドイッチを食べる。木漏れ日をフィルムカメラで一枚撮る。


午後イチに仕事を終えると、開店と同時の1番乗りで銭湯へいき、その日の事を風呂の中で思い返す。それから浅草地下商店街の居酒屋「福」に行く。そこでは「いつもの」が大将から出される。一杯ひっかけて帰路へつく。寝る前に本を読み布団で眠る。朝起きて数行本を読む。これが彼の平日。


休日だけ革時計をし、コインランドリーで洗濯をし、古本屋で100円の本を買い、フィルムの現像をする。たまにバーに行きママ(石川さゆり)のご飯とお酒、客のギターの弾き語りで彼女の歌を聴く。それが彼の週末。

ーネタバレありー


それが大凡のストーリー。淡々と繰り返し続く毎日の中で起こる小さな変化や出来事。バンじゃないけど電車かな、カセットテープじゃないけどSpotifyかな、本じゃなくて携帯かも、こういうお客さんいるな、彼の暮らしに私達の生活の似た点を見つけだし、彼と「何か」がリンクし始める。長い時間、無言の彼を私達は鑑賞する。ミニマルに見える彼の生き方、そこには静が存在しその美しさに私達は憧れを持つ。しかしラストシーンでは別の世界(自分)で生きていくと決めた初老男性の孤独が溢れる。


映画のキャッチコピーは「こんなふうに生きていけたなら」。ひとりは悠々自適であるが他人との繋がりを極端に遮断すると孤独が増す。シンプルに静かに生きていくことを羨む私たちだけれども果たしてそれは最良なのか。生きる中で煩くて余計なものは沢山あるけれど、それを取り除いてしまったら寂しくはないのか。彼のように生きるとは単にそのミニマルな生き方に憧れをもつだけではない。その生き方は侘しく孤独と向き合う事であるのかもしれない、そう感じた。


見たあとの街はとても静かで、その静けさを楽しみたくて、イヤホンは付けず、コンビニでハイボールを買って飲みながら歩いて帰った。いつも心の声がうるさいだけで本当はもっと静かな世界があることに気付かされた映画だった。

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