COLUMN #122 はらぺこあおむし is DEAD

Topic: ColumnWritten by Reiko Matsunaga
2024/1/26
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絵本の「はらぺこあおむし」を知っているだろうか?たまごから孵ったお腹をすかせたあおむしが、りんごやさくらんぼパイやらを食べてさなぎになり、最後にそれはそれは美しい蝶になる物語だ。5歳になる娘はこの絵本が大好きで、赤ちゃんの頃から何十回と読んできた。


今年の夏、その娘と一緒にMIDORI.so Bakuroyokoyamaの屋上に遊びに行った時、植物の手入れをされている方がレモンの木にいるあおむしを駆除していた。彼らは葉っぱを食べ尽くしてしまうのでレモンの実がならないそうだ。それを聞いた娘が今まさに駆除されようとしているあおむしを育てたいというので、我が家へ連れて帰ることにした。


育て方を調べていると、どうやら新鮮な柑橘系の葉っぱを毎日あげる必要があるようだった。地味に難易度高いなぁと思ったが、幼稚園に隣接している理事長のご自宅にたまたまみかんの木があり、毎日収穫させていただけることになった。


送迎の度に人様の家の木から勝手に葉っぱをむしる様は事情を知らない近所の方からすると若干の不審さはあったかもしれないが(視線に突き刺さるものがあった)、親になってからなりふり構っていられないことが多々あり、もうあまり何も気にならない。解脱。


あおむしは持ち帰った葉っぱを小さな体でパクパクとたくさん食べた。娘はお掃除をしたり、カゴから出してお散歩をさせたり、じっと観察したりと初めての生き物のお世話を真剣に、興味深そうにやっていた。


そんなふうにして丸一か月が過ぎたが、さなぎになる気配が全くない。遅咲きなタイプなのかもしれない!などと言いつつもさすがに不安になったが、娘は「明日おきたらさなぎになってるとおもう!」と半分祈るように言う。ところがあおむしはその数日後突然死んでしまった。そして私はそのことを娘に最後まで言えなかった。それどころかちょうになって飛んでいったと大嘘までついてしまった。

愛犬が死んだことも、おばあちゃんが死んだことも正直に伝えて葬儀にも一緒に列席したのに、この小さなあおむしの死は、どうしても伝えることができなかった。そのことがずっと心に引っかかっていた。


「こどものおもちゃ」という漫画で、主人公が母親から「げんじつなんて、大きくなればイヤでも知るから、今は知らなくていい。夢みてていい。子どもはそれでいい。」と言われたことを回想するシーンがある。ある日ぼんやりと思い出したこの台詞で、あの時本当のことを伝えるべきだったんじゃないかという気持ちが吹っ切れた。母親のこの言葉は、私があおむしの死を伝えられなかった理由のすべてだった。死と向き合うことを伝えるのと同じくらい、娘が信じる「サンタが存在すること、雲は食べられること、そして、あおむしはきれいなちょうになること」その世界線を壊さないことも私にとっては大切だった。


世界ではいろんなことが起きている。その中から子どもに何を伝えて何を伝えないかをこうやって自分が選び続けていくなんて、恐ろしいことである。たくさん間違えてしまうと思う。けれど自分にとって大事なのはきっと間違わないことではなく、愛を基準に決めることなのだと思った。


あおむし、死なせてごめん。去年は大切な人をたくさん見送った年だった。誰かの死に意味を持たせることはあまりしたくないから、彼らの生きた意味を、自分の生きる意味を考える2024年。

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